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書評

中沢新一著『愛と経済のロゴス』

講談社2003.1.刊行

『東洋経済』2003.6.7. 78

 

 

 資本主義社会を「魂の豊かさ」という観点から批判的に論じた好著である。

カトリックにおける三位一体説が資本主義の原理を提供したとすれば、その資本を加速する原理をもたらしたのはプロテスタンティズム、とりわけクエーカー教徒たちの「自由な聖霊」運動であった。教会から自由になった聖霊の力は、その新たな宗教実践によって資本の増殖に有利な社会を生み出した。だが現代人は、圧倒的なモノの豊かさと引き換えに、魂の豊かさを犠牲にしてしまったというのが著者の認識だ。

では、現代人はいかにして魂=スピリットの豊かさを取り戻すことができるのか。氏によればそれは、密教的な形而上学的思考に代えて、豊穣の女神(コルヌコピア)を解放することにあるという。未開社会における森のハウ、中世における聖杯の役割、一五世紀重農学派が強調した大地の恵み、精神分析学における「他者(女)の快楽」、マルクスにおける原古的な社会への憧憬などは、すべて豊穣の女神との贈与関係を基底とした理想を共有する。贈与においては目に見えない「霊」の力が活性化され、それが魂を豊かにするのである。

現代における豊穣の女神は、とりわけ芸術の制作場面に現われるだろう。非芸術的な交換経済はテクネー(技術)の力によって人格性や霊の力を抑圧してしまうが、芸術のポイエーシス(制作)は人間の可能性を外に開き、また同時に自然の秘密を誘い出す。低迷する経済を真に豊かにするためには、交換関係よりもむしろ、贈与関係とコルヌコピアの力を借りる術が必要だ。そのためには「富とは何か」を正しく問うことができなければならない。本書は富の源泉を知るための新しい経済学講義、氏の大学講義シリーズ全五巻の第三巻に当たる。

橋本努(北海道大助教授)